企業を取り巻く外圧と内圧
古宮 最初に、なぜデジタルトランスフォーメーション(DX)が求められるようになったのかについて整理したいと思います。
中島 DXが求められる理由として、私は2つ挙げたいと思います。まずは「企業の生存競争」です。2018年の世界時価総額ランキングは、GAFAなどの「DXを先んじて実現したプラットフォーマー」に独占されています。業界の枠組みが破壊されている今、DXに舵を切らなければ、日本企業は生き残りが難しくなっているのです。もう1つは「デジタル技術の急激な発達」です。クラウド、AI、IoT、ビッグデータ、5GといったITを取り巻く技術革新が起こると、それらを学んだ若者が起業して既存の企業を破壊していきます。こうした企業の創造性が、DXを進める原動力になっているのです。
古宮 中島さんが挙げた「企業の生存競争」と「デジタル技術の急激な発達」は、どちらも「外圧」ですね。一方、企業の内側からDXの加速を促すものもあるはずです。
片山 内側からの要因は、3つあると思います。まず1つ目は「顧客接点の多様化」です。企業はデジタル技術を活用して、顧客接点を工夫しながら、顧客の体験価値を変えようとしています。2つ目は「業務プロセスの効率化」。ビジネス環境が大きく変化する中、企業では業務改善のために、AIやRPAといったIT技術の活用を進めています。そして3つ目が「データの利活用」です。複数部門で管理していたデータを集約化し、製品開発やマーケティングにどのように活かすのかを考えなければいけません。
ビジネスモデルの変革
中島 DXを実現するには、3つのステップがあります。1段階目は、エンドユーザーや販売店、仲介業者、サプライヤーとのやりとりをデジタル化する「接点のデジタル化」。電話などで共有している情報を、すべてデジタルでやり取りできるようにします。2段階目は、事業の効率アップや高度化、自動化などを実現する「プロセスのデジタル化」。ここまでは、従来もやってきたことです。そしてDXの3段階目が、破壊的イノベーションへと向かう「ビジネスモデルの変革」です。不要な組織をなくしたり、組織を作り替えたりして、自社事業を新たなビジネスモデルへと組み替えるのです。
古宮 つまり、お客さまのビジネスモデル変革や、それに伴うビジネス戦略立案にまで踏み込むことが、DXというわけですね。
中島 そう思います。例えば配車サービスのウーバーは、「目的地に移動する」という価値を分解して、ライドシェアという新たなビジネスに再構築したわけです。このように、DXの最終的な目標は、顧客価値の再構築にあると言えるでしょう。
古宮 でも、自らの業務を分解して再構築すると、社内の特定部門や、それまで自社に協力してくれた販売店や仲介業者などが不要になる可能性も出てきます。いわゆる「セルフディスラプション」ですね。
中島 そうですね。ただ、それを怖がっていると、他社が先んじて新たなビジネスモデルで市場を奪ってしまいます。市場の変化は速いので、気づいて方向転換を図ってもすでに手遅れです。それなら、自らビジネス再構築への道を進む方がいいですよね。
共創のための「DXフレームワーク」
古宮 「自社もDXを進めなければならない」という危機感は、多くの企業が抱いているはずです。ただ、どうやって進めればいいのか。多くの企業は、頭を悩ませているのではないかと思います。一昔前のSCSKに多く寄せられたのは、「最近、面白い技術はないか」という相談でした。ところが最近は、「現場の課題や経営の課題を、一緒に考えてほしい」という相談が増えています。そのために導入したのが、「DXフレームワーク」ですね。
片山 はい。DXフレームワークをまとめるきっかけとなったのは、2019年、ベトナムの最大手IT企業であるFTPコーポレーションとの協業でした。彼らのDXメソッドが大変優れていると感じたSCSKのボードメンバーが、日本への導入を決めたのです。DXフレームワークでは、DXの検討から導入までのプロセスをテンプレート化しています。
古宮 経営層が抱える悩みと自社が目指す改革の方向性をまとめ、ワークショップを開きながら整理していくのですね。
片山 従来のシステム導入では、お客さまから課題解決に必要な機能などの具体的な要求を受け取り、それに応じて要件定義・設計・開発を行っていました。ところがDXでは、最初から「明確な課題や要求」が存在するわけではありません。そのため、経営層の要望をしっかりヒアリングすることが重要になります。もちろん、ミドル層・現場の声もまんべんなく聞き取るのですが、お客さまが抱える課題は基本的にトップダウンで浸透するからです。その上でITによる課題解決の方法を考え、施策立案、実装、結果検証を繰り返しながら徐々にシステムを作りあげていくのです。
古宮 DXの大きなキーワードに共創がありますね。
中島 以前のSIerでは、企業のIT部門と仕事をする機会が多かったです。しかし、先ほど話題に出たように、DXでは経営層・ミドル層・現場メンバー、さらには社外のサプライヤーや販売店などからもヒアリングを行い、課題を洗い出さなければなりません。共創の対象は幅広くなっているのです。
古宮 確かにそうですね。また、お客さまと共創するフェーズも広がっていると感じます。かつてのSIerは、お客さまからご要望を受けてソリューションを開発していました。しかし今はその手前、つまり「IT活用のアイデア」段階からお客さまの価値を考え、一緒にカタチにしていくケースが増えているのです。
片山 ビジネス課題をお持ちのお客さまと、私たちITの専門家が、一緒に考えることが重要です。「IT活用のアイデア」がお客さまの事業環境で本当に役立つかは、実際に試してみなければ分からない。そのためSCSKでは、お客さまと試行錯誤しながら開発を進めるようにしています。
古宮 DXフレームワークを使った手法には、どのような特長がありますか。
片山 大きく2つあります。まず、DXの検討・導入プロセスの実績を基にテンプレート化されている点です。プロセス前半ではデジタル戦略・方針を決め、課題抽出やテーマ設定・ソリューション設計を実施し、DXロードマップを完成。そして後半では、KPI設定と導入、評価と検証、そして報告と改良というステップを踏んで、DXの導入を進めます。もう1つは、ワークショップ型・双方向型であるという点です。DXフレームワークでは一方的に提案するのではなく、何もない状態からお客さまと一緒に考えつつロードマップを描いていきます。
自前主義からオープンイノベーションへ
古宮 お客さまとともに進めた共創の具体例はありますか?
片山 ビジネス拡大を目指すある建設会社では、自前主義からオープンイノベーションに舵を切り、電子部品メーカーや商社がその動きに応える形で街づくりプロジェクトが開始されました。そのプロジェクトでは、SCSKがファシリテーターとしての役割を担っています。
古宮 異業種交流がきっかけとなり、新たな街づくりに取り組んでいるわけですね。「異業種交流会」は以前からありましたが、名刺交換と懇親会が中心でした。
中島 これは、ビジネス化を前提にした異業種交流会ですね。
古宮 そのほか、医師、メーカー研究職、マーケターといった専門職が参加している「REIONE(レイワン)」という異業種交流会が発展して、昨年末に法人化しました。ここにはSCSKも深く関わっています。
古宮 日本企業では、自前主義から脱却しようとする機運は強まっていると感じますか。
片山 いや、まだまだですね。日本企業の多くは、自前主義の文化から抜け出せていないのではないでしょうか。私も、DXにつながる新しい事業企画を生み出そうと日々努力していますが、オープンイノベーションの考え方はなかなか受け入れてもらえず、失敗の連続です。ただ、失敗するなかでブレークスルーを巻き起こすには、「共感」が大事だと気づきました。
古宮 共感を得るには、何が効果的なのでしょうか。
片山 いくら提案書を書いても、なかなか共感は得られませんね。やはり、実際に体験できるものを作らなければダメです。「10回の会議より、1つのプロトタイプ」です。アイデア、試作、改良を繰り返すことで共感が生まれるわけです。オープンイノベーションの領域では、アジャイル、デザイン思考が重要であると感じます。
中島 本来、PoCもそうあるべきですよね。コンセプトを検証するものであって、システムを検証するものではない。
片山 一方で、こうしたやり方に慣れていない人もいます。要件定義や設計もせずに、本当に完成するのか……と不安がる人はいますね。ただ、そうしたマインドセットは変えていかなければならないと思っています。
中島 お客さまのマインドセットを変えることも、SCSKにとって重要な使命になっているのです。マインドセットを変革できる人がいる企業は、DXに取り組むスピードも速いと感じます。
古宮 お客さまには、「一緒に悩んで事業の将来像を作りましょう」とお伝えしています。SCSKが50年にわたって蓄積してきたITの知識・ノウハウを活かすことで、お客さまの事業を変革する未来図を一緒に描けるのです。
片山 お客さまが明確なご要望をお持ちの案件は、ソリューション提案など従来と同じやり方でお応えします。一方、「今のビジネスモデルのままでは危ない」など、漠然とした危機感から出発するケースでは、お客さまに寄り添いながら、IT課題はもちろんビジネス課題にまで踏み込んで解決していく。つまり、ビジネスとITを融合し、お客さまの価値を再構築します。そこにSCSKがDXに取り組む意義があると考えているのです。