販路拡大への課題
食品関連企業の多くは、事業展開に伴って販路を拡大していくことが多い。「松尾ジンギスカン」を展開しているマツオもその一社だ。マツオは独特の風味を持った羊肉を、誰もがおいしいと思えるような独自のタレを開発し、味付けした羊肉の製造、販売するマツオ羊肉専門店として開業した。
その後、お客さまから「食べられる場所がほしい」という声が寄せられ、自宅の一部を改装してレストランスペースを開設。以降、支店が道内に広がり、大手量販店にも販路を拡大していった。
「現在、松尾ジンギスカンは2006年に滝川市に新設された工場で一括製造しています。全製造量の3割が自社レストラン向けで、7割はパッケージ商品として販売。パッケージ商品のうち、7~8割が量販店向けで、2~3割が自社チャネルです」(株式会社マツオ 代表取締役 松尾 吉洋 氏)
自社チャネルのメインは北海道9箇所と東京5箇所に構える直営店とECサイト。そのほかデパートの物産展、さらには花見の時期などに大鍋と合わせてパッケージ商品を提供・回収するデリバリーサービスでも提供している。物産展は年25~30回、デリバリーサービスは約2千台、2万人が利用しているそうだ。
このような事業形態からもわかるように、マツオの最大の特長は「食品製造販売事業とレストランチェーン運営事業の両輪を持っていること。これは他社にはない強み」と松尾氏は言い切る。
新型コロナウイルスの感染拡大により多くの飲食業が大打撃を受けたが、「当社もレストラン事業は厳しい洗礼を受けているが、羊肉の製造・販売・卸事業は、巣ごもり需要が追い風となりました」と松尾氏は明かす。
道外への販売強化を進めている同社において、ビジネス拡大に向けての課題となったのが生産の効率化である。
「人手不足もありますが、最大の要因は原価が高騰していること。生産性を上げることで製造原価につながる労務費を削減したいと考え、生産の効率化に取り組んでいます」(松尾氏)
生産性を上げるために、松尾氏がまず取り組んだのがチルド商品の生産をやめて、冷凍商品に一本化したことだ。
「チルドは賞味期限が1週間と短いため、毎日製造しなければなりませんでした。一方、冷凍は賞味期限が180日なので、今日はラム、明日はマトンというように製造アイテム数を減らせます。これにより劇的に生産性が向上しました」(松尾氏)
しかし、さらなる生産性向上にはシステム導入によるコスト最適化と業務改善が不可欠と考えるようになる。そのきっかけは2010年に東京・銀座に出店したことだと言う。
「多店舗展開していくことになり、きちんとした指標の下、店舗の生産性、客単価、接客率などを数字として捉え、判断していこうということになりました」(松尾氏)
積極的に進められたIT化
マツオではこれまではFAXやメール、電話、口頭などさまざまな形で受注を受け、それを販売管理システムに手入力していた。
「手入力だと、どうしても入力ミスが起こります。また紙ベースの業務フローでは、受注書を紛失するリスクもあると考えていました」とマツオの情報システムを担当している山本 崇 氏は語る。
在庫管理にも課題があった。システム導入前は、生産管理システムから製造実績、販売管理システムから出荷実績を抜き出して手動でExcelに記録、そこから入庫・出庫を差し引いて管理するという方法を採っていたからだ。
「生産と販売のシステムが独立していたため、Excelへの二重入力が必要なこと。また、リアルタイムの在庫量や商品の出荷先を正確にトレースできないことへの問題意識がありました」(山本氏)
それだけではない。既存のシステムでは、柔軟なカスタマイズに対応できないため、食品製造販売とレストラン運営の両輪を持つ強みが活かしきれていなかった。
「さらなる成長に向けて、既存のシステム更新のタイミングで、生産管理と販売管理のシステムを刷新しようと決意しました」(松尾氏)
そのタイミングで、SCSK北海道から提案を受けたのが中堅・中小食品製造販売業向け販売管理・生産管理一体型クラウドサービス「TABECLA(タベクラ)」だった。TABECLAを選定した理由について、「当社のニーズに合わせたカスタマイズができる点が魅力でした」と松尾氏は語る。同社固有の帳票を容易に作成できること、ECや電話、FAXによる注文などとデータ連携できること、他システムとの連携が容易であることが決め手になったのだ。
オンプレミスではなくクラウドサービスを採用したことについては、「当初からクラウドにしたいと考えていました」と山本氏。これまでのシステムでは夜間のサーバトラブルに悩まされてきたからだ。松尾氏も「ITのトレンドをSCSK北海道のセミナーなどで聞き、方向性として間違いないと思った」と、クラウドへの移行に懸念がなかったと語る。
販売・在庫の管理だけではなく、業務の標準化も進む
2018年7月からTABECLA導入プロジェクトが開始。同年10月からトライアルを開始し、徐々に既存システムからの移行を図るとともに、業務改善も実施。業務改善については非効率な部分、ミスが発生しやすい部分を洗い出し、業務改善のテーマを整理していった。
洗い出されたテーマの優先付けは、「どのくらいヒューマンコストを削減できるか」を基準に決めていった。中でも最優先のテーマとして上がったのが、脱ペーパーだった。
現在、受注と出荷の業務は脱ペーパーを進めることにより、大きく業務が改善されている。たとえば、受注業務ではこれまで店舗からの注文は電話やFAXなどを使っていたが、それらはシステム化された。
「店舗の担当者が、システムにログインして発注数量を入力するフローに変えました。これにより本社側での入力の手間が省けただけではなく、入力ミスの防止にもつながりました」(山本氏)
またお得意先の卸売業者からの受注はWeb-EDIによってデータを連携。卸からの注文は大量だったため、入力作業の大幅軽減につながった。
出荷業務については、バッチ処理による関連帳票の一括出力が可能になった。また、出荷指示書が柔軟にカスタマイズできるようになり、出荷にかかわるピッキング現場からの問い合わせも大幅に減ったという。
そして生産・販売のデータが統合されたことで、リアルタイムで在庫情報を共有できるようになった。
「在庫の見える化を実現する仕組みが整ったことで、スーパーや量販店向けの営業スタッフによる積極的な販促が可能になりました。またTABECLAにバンドルされているBIツール『MotionBoard』によって、さまざまな視点で営業実績を分析できるようになったのです」(松尾氏)
新システムは、生産効率の改善にも大いに威力を発揮したという。
「営業からの情報に基づいて綿密に生産計画を立て、工場稼働日の生産性を徹底的に高めることで、従来の8割程度の労力で昨年と同じ量を生産できることに気づきました。より効率的な組織運営が可能になったのです」(松尾氏)
TABECLA導入により、生産・販売の一元管理を進めるマツオ。「従業員には、人しかできない業務に集中させ、それ以外の業務は仕組み化していくことで、さらに効率化を図っていきたいですね」と松尾氏は語る。
マーケティング強化もその一つだ。松尾ジンギスカンのブランドパーソナリティは、60数年間ジンギスカン一本で歩んできた真面目さとともに、ユニークさを兼ね備えていることである。お得意様へのサービス向上のため、マイレージポイントのような仕組みを導入することも検討しているという。
「たとえばマイレージが一定ポイントに達したお客様には、専用の鍋が出てくる。そうした仕組みをつくることで、より松尾ジンギスカンのファンを増やしていきたいと思っています」(松尾氏)
食品製造販売業に特化したクラウドサービスの活用で、業務効率化を進めるマツオ。今後は、ECサイトやレストラン利用の顧客情報を一元管理し、サービス品質向上とともに、さらなる成長を目指す。
松尾ジンギスカンの店舗が全国に広がり、創業以来変わらない味で、さらに多くの人を魅了していく。そんな未来も近そうだ。